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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5727号 判決

原告 松谷利一郎

被告 賀部幸枝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立、原告訴訟代理人は、別紙目録〈省略〉記載の不動産が原告の所有であることを確認する、被告は原告に対し前記不動産につき昭和二十八年三月二十三日東京法務局受付第三二七七号を以つてなしたる所有権を移転すべき請求権保全の仮登記及び昭和二十九年三月二日同局受付第二九九八号を以つてなしたる所有権取得の登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張

原告側の主張及び答弁

(一)  原告は昭和二十八年三月二十日被告から金五十万円を弁済期同年四月二十日利息百円につき一日金五十銭の定めで借受けた。

(二)  原告は右債務の担保として原告所有の別紙目録記載の土地建物に抵当権を設定しその登記手続をするため、被告に右物件の権利証白紙委任状、印鑑証明書を交付した。

(三)  しかるに被告は右約束に反して原告の承諾なく昭和二十八年三月二十三日東京法務局受付第三二七七号を以つて同月三十日契約による代物弁済として所有権移転すべき請求権保全の仮登記、同二十九年三月二日同局受付第二九九八号を以つて同年二月八日代物弁済による所有権取得の登記をした。

(四)  しかしながら右登記は原告の意思に基かない無効の登記原因に基いてなされたものであるから無効である。

仮りに原被告間に代物弁済契約があつたとしても本件物件は時価三百万円の価値のあるものでこれを僅か金五十万円の債務の代物弁済とする契約は民法第九十条により無効である。

よつて原告は、本件土地建物が原告の所有であることの確認及び被告に対し第三項記載の各登記の抹消登記手続を求める。

(五)  被告主張事実のうち原告が弁済期日及び催告期日迄に本件債務を弁済しなかつたこと、被告主張の日時にそのような催告、通知のありたることは認めるがその余の事実は否認する。と述べた。

被告側の答弁及び主張

原告主張事実第一項のうち利息の部分は除きその余の事実は認める。利息は年一割である。

第二項の事実は認める。

第三項のうち原告主張の日時に本件物件に対しそのような仮登記本登記をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

第四項の事実は全部否認する。

(一)  原被告間には抵当権設定契約のみでなく弁済期日に債務の弁済をしないときは債務の弁済に代えて本件物件の所有権を移転すべき契約をもなされたものである。

(二)  原告は弁済期日に至るも債務の弁済をしないので被告は原告に対し昭和二十九年二月四日到達の書面を以つて三日以内に債務を弁済すべきことを催告し併せて期間内に債務を弁済しないときは右契約に基いて本件物件の所有権を取得する旨通知したが、原告は期間内に債務の弁済をしなかつたので被告は右条件付意思表示により所有権を取得し原告主張の日時に所有権取得の本登記をしたものである。

(三)  右の如く本件物件は被告の所有となつたのであるがその後被告は原告に対し建物の明渡しを請求したところ原告は被告が所有権を取得したことを確認し、昭和二十九年四月末日迄に右建物を明渡す若し明渡さずに使用する場合は明渡に至るまで一ケ月金三万円の割合による損害金を支払うことを約し又原告は昭和二十九年六月二日には被告に対し賃料一ケ月金三万円敷金三ケ月分納入して建物を賃借することを約束したのである。

従つて仮りに代物弁済契約が無効であつたとしても原告は無効行為の追認をしているから本件請求は失当であると述べた。

三、証拠〈省略〉

理由

原告は昭和二十八年三月二十日被告から金五十万円を弁済期同年四月二十日の定めで借受けたこと、本件土地建物につき原告主張の日時にそのような所有権移転すべき請求権保全の仮登記及び所有権取得登記がなされていることについては当事者間に争がない。

原告は代物弁済契約をしたことを否定しているので検討するに、成立につき争がない甲第一号証の一、二、乙第一号証証人宮代昌吾の証言によりその成立を認め得られる甲第二号証、証人松谷政次郎の証言によりその署名捺印の成立を認め得られる乙第三号証の二、三、同第五号証の二、三、及び右各証言、証人賀部卯太郎の証言、原告本人の供述等を綜合すると原告は弟政次郎を介して昭和二十八年三月下旬頃訴外宮代昌吾に金五十万円を原告所有の本件土地建物を担保とすることにして借入方を申込んだ。そこで宮代はこのことを被告の夫の親賀部卯太郎に話し、同人を原告に紹介した。右賀部、宮代は本件物件を検分したところ宮代の考へでは家は金五十万円、土地は金百万円位の担保価額があることが判り普通金貸が担保価額として要求する貸付額の三倍位の価額はあると思つたので右賀部と相談して、被告名義で貸すこととし、原告、原告の妻、原告の弟政次郎等に対し金五十万円を利息月九分、手数料四分、弁済期一ケ月後、期限に不履行のときは代物弁済とすることで貸す旨を告げ原告はこれを承諾して本件物件の権利証、白紙委任状三、四通、印鑑証明三、四通を宮代に渡し、賀部は貸付登記等一切の手続を宮代に委任し、宮代は部下に命じて昭和二十八年三月二十三日抵当権設定登記及び代物弁済として所有権移転すべき請求権の保全の仮登記をなし、同月二十五日利息、手数料其他を清算して金三十六万一千三百六十円を原告に交付した。右貸借の話しの時宮代は原告に対し「若し返済ができないときは家も土地もとられますよ」と言い原告は右のことを「金が払へない時は抵当流れになつて他人の名義になつてしまう」と言う意味に了解していた。右のように貸付けたが原告は弁済期日に至るも債務の弁済をせず昭和二十八年八月一日以降の延滞損害金の支払もしないので被告は昭和二十九年二月三日貸付元金及び右損害金の支払を三日内にすべく催告し若し期日迄に支払わないときは代物弁済として本件物件の所有権を取得する旨通知した。しかるに原告は右期日迄に支払をしなかつたので被告は右条件付意思表示により本件物件の所有権を取得し同年三月二日所有権取得登記をしたことが認められる。

そうすると原告としては弁済期日に弁済しない時は本件物件の所有権を失うことを契約した当時から充分承知の上でそれに要する書類を被告に交付したのであるから、素人間の用語では抵当流と言うがこれは法律的に言うと代物弁済の約束をしたものと認めるを相当とする。

次に原告は代物弁済契約は公序良俗に反し無効であると主張しているので検討する。本件物件の価額については原告本人は三百万位の価額はあると供述しているがこれは原告の主観的な価額でこれを客観的に証明するに足る証拠はない。しかしながら証人宮代もその証言中に於て前認定のように本件物件を全部で百五十万円と評価していることが認められるのであるから最少限度百五十万円の価値はあつたものと認められる。

而して代物弁済契約が公序良俗に反して無効とするには債権者に於て債務者の窮迫、軽率、無経験を利用し若くは過当な利益を得る目的で本件土地建物の価額が著しく高価額であることを秘して代物弁済契約を締結せしめたような場合に於て認められるところ、証人賀部卯太郎の証言によると原告は熱海に於てなした工事代金が一ケ月内に支払を受けられる見通しがついたのでその金で本件債務の弁済を予定して借入れたことが認められる。

このように当事者間に円満に貸借及び代物弁済契約がなされた事情を考えると他に特段の主張立証のない本件に於ては物件の価額が貸付債権元本額の三倍の価額であると言うだけでは直に代物弁済契約が民法第九十条に反し無効であるとは言い得ないものと思考する。これを詳言すれば金銭貸借の際になされる代物弁済契約は通常の場合は債務を弁済しなかつたとき債務の支払に代えて所有権を移転すべきことの予約であつてその所有権取得するには、所有権取得の意思表示をまつて所有権が債権者に移転するものである。而して所有権取得の意思表示は必ずしも弁済期日に直になされるものと決つたものではなく本件の如く弁済が約一ケ年近くも猶予されることもあるのである。このように債権者が猶予した後に於て債務者の弁済について見込がないと思つたときに初めて代物弁済契約に基いて所有権取得の意思表示をすることもあり得るのであつて(貸借本来の姿からすればこのようになされることが望ましいことであろう)かかる場合は貸付債権の元本の外に利息、損害金等も発生する関係上所有権取得時には貸付債権元利総額は必然的に物件価額の三分の一以上の額となることがある。又このようにして取得した物件を債権者が処分するとしても居住者のある場合はこれが明渡をなして然る後に処分することになることもあるからこの間相当の費用と日時を要し、取得時から現実の処分時迄の投資額に対する金利等の点を考慮するときは物件価額が貸付債権元本額の三倍位であると言うだけでは直に債権者のみ著しい利得を得せしめるとはならないから右を目して公序良俗に反すると言い得ないことが判るであろう。

右の如く原告の主張は何れの点についても理由がないので被告主張の点について判断する迄もなく本件請求は失当としてこれを棄却するを相当とする。

よつて訴訟費用は敗訴の当事者に負担せしめることとし主文の通り判決する。

(裁判官 山本実一)

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